建設現場を根本から変える~働き方改革~

理想の現場から見る現在の建設業界が抱える課題

芝浦工業大学 建築学部建築学科 教授
国土交通省担い手確保・育成検討会委員
蟹澤 宏剛 氏

7月18日の東5ホールに登壇したのは、「海外の建設現場には、理想の姿がある」と話す芝浦工業大学建築学部建築学科教授の蟹澤宏剛氏。建設現場の実態調査から見えてきた改善点や抱えている問題点などに着目し、建設業界の大きな課題である『働き方改革』について講演いただきました。

本日は働き方改革という今注目を浴びているテーマについて講演します。建設業における「働き方改革」と言いますと、ます週休2日という話が出てきますが、そういった事を中心に担い手の確保・育成をどうするか生産性をどう上げるか、について話をしてきたいと思います。

8時間労働でwin-winなアメリカの建設現場

私が将来こうならなければいけないなと思っている夢の世界を紹介します。アメリカでは、サマータイムになると、現場で働く人にコアタイムがあり、大体が朝6時から夕方6時の間のうち、8時間働ければ良い。というよりも、8時間しか働いてはいけないということになっています。朝6時から働いて1時間の休憩を入れたとしても、15時には8時間分働いて、皆帰ります。さらに、8時間を1分でも超えると、残業代が1.5倍、土日出勤は2倍、さらに、土日に残業をすると3倍になります。ですから、どこの現場でも残業せずにきちんと定時で帰ることが、元請け、下請け、そして働く人に対してwin-winの関係となるわけです。

さらに、現場によりますが、協定賃金というのが大体手取りで8時間300ドルを超えるくらい。それとは別に経費などが入ってきますから、1年間働くと、日本円にして1千万円に届くような労働者が多くいます。カナダやイギリスでも調査をしましたが、別に夢のような賃金ではないというのが実態です。こういう水準を目指さないと日本の担い手不足は簡単に解消できないのではないかと考えています。

さてここで、日本の建設技能労働者と言われる人たちが今後どうなっていくのかを、簡単に予測しました。国勢調査のデータでは、1995年から2010年にかけては、建設技能者は電気工を除いた数字で、約100万人減りました。コーフォート分析という統計的な分析をしていくと、2015年を基準に、2035年には今より50万人減、2060年には今の半分になってしまうシミュレーションとなります。さらに、建築大工は、2035年には今の半分になってしまいます。大工がいなくても建設業は成り立つのかどうかというと、住宅の世界で大切な役割を果たしていますので、これは大きな問題ではないでしょうか。

こういったことを踏まえると、建設業界にとって若者に参入してもらう必要があるわけです。しかしながら、私の研究室で2年前に大手ゼネコン現場の職長会に出席している人たちにアンケート調査をしてみたところ、『今の仕事にやりがいを感じているか』という問いには、8割以上が満足しているという答えでしたが、『自分の子供に自分の仕事を勧められるか』と聞いたところYESと答えた人が1割、残りは全部Noでした。

政府は、日本人の入職者が期待できないのであれば、外国人の受け入れ枠を拡大しようという政策も打ち出してきています。私はそれには疑問を持っています。昨年、先端と言われているベトナムの中堅ゼネコンを訪問しましたが、紙も製図台も一つもなくフルBIM(ビルディング インフォメーション モデリング)で設計をしていました。10年前ぐらいまでは、ベトナム人も技能実習生で日本に来ていたのですが、今となってはBIMやCADの仕事が山ほどあるわけです。ですから、私はおそらくベトナム人が日本に来てくれなくなる日は近いと考えています。

古い体質から脱却することで見えてくる働き方改革

このような背景がある中で、なぜ建設業には働き方改革が必要なのでしょうか。建設業で週休2日を提言した時、最初は4週6休を目標にしようという意見が業界から出てきました。私は、目標を8休にしないとダメだと訴えました。しかし、業界からは日給月給の職人が稼げない、他の現場に引き抜かれてしまう、山奥などの現場で休む必要が無い、などの意見が出てきました。

私は、ここに、固定観念大きな勘違いがあると思っています。まず、職人は休みより稼ぎを選ぶと多くの方が言いますが、これは世代の違いであって、若い方の多くは休みを選ぶと思います。それから、職人は請負なのだからいっぱい働いた方が良い、という考え方もありますが、同時に人間ですから、根詰めて働いてしまっては働ける寿命がどうなのかという問題もあります。

さらには先送り体質があります。例えば社会保険未加入対策問題も、つい5年前くらいまでは誰も耳を傾けてくれませんでした。生活保護世帯数と保護率の推移を見てみると、近年になって保護世帯数というのは急増してきています。1000世帯あたり何世帯が保護されているかを表す保護率に至っては、1960年前後とほとんど変わりません。一つの分析ですが、ここに建設業で働いている人の数の推移を重ねてみると、建設業を引退されて年金に入っていなかった人たちのうちの多くが生活保護を受けているのでは、と予想しています。先送り体質というのが、後々こういった大きな社会問題になってくることをぜひとも考えてください。

週休2日を考えた時、6日あった稼働を5日にするのですから、2割賃金を上げないと元の賃金を得られません。そのため、生産性も2割上げないといけないという課題があります。これを目指すには、固定給をしっかりと考える、工期のダンピングを無くす、そうすると当然工期が伸びますので、発注者やエンドユーザーである国民の皆様に理解していただくなど色々な問題もあります。

このような状況で週2回必ず休まなければいけないといわれると、非常に抵抗感があると思います。しかし、土曜日休みが前提だ、ということが建設業界および社会の常識となれば、業界は週5日なのにお客様の工期だと週6日働かなければならないので、その分の割増賃金をくださいという機会を得られるようになると考えられます。それから、建設業の問題である、2月竣工3月引き渡しについても、工事が集中する時期に建設した場合は割増し料金に、逆に、竣工時期を4月以降にしてくれれば、もう少し安くできますよ、といった交渉が出来るようになり、繁閑の調整にも寄与します。建設業界に時間概念を持ち込んで、それを働き方改革の原資にしていこうというのが、週休2日の考え方だという事を是非是非お考えいただきたい。

また、建設現場では多くの人が働いていますが、現状、8時間居て8時間働いている人はほとんどいません。特に、マンションの内装工事では、おそらくは半日分働いている人は半分いるかどうかです。こうした待ち、遊び時間をバランスロスと言いますが、これを上手く無くせると、建設現場で今まで5人の人手が必要だったものが、2人で足りるというのも、理論上は可能になるわけです。これがいわゆる多能工化というものです。プレハブ化やプレキャスト化などが非常に有効なのですが、技能が必要無くなるというわけではありません。ただ単にプレキャスト化すれば現場が省力化するのではなく、同時に働く人たちの能力を上げ、今までと違った能力を与えなければいけないわけで、建設業は、ただ単に工場生産をすれば生産性が上がるというわけではないことも考えなければいけません。

建設業を変える『建設キャリアアップシステム』

今後の建設業また生産性に係る政策の一番のベースとなっているのが、『建設キャリアアップシステム』と言われるものです。このキャリアアップシステムの一番の狙いは、建設業の悪いイメージを変えていくこと。職人のIDカード化だと思ってもらえればわかりやすいかと思います。そして、IDカードを出すのに加えて、能力評価のシステムもあわせもつようにするのです。たとえば、非常に能力の高い人にはゴールドカードを持ってもらい、能力によりシルバー、ブルーといったように、4段階への区分けで検討が進んでいます。そして、来年度から運用開始のスケジュールで動いています。それに合わせ良い職人を何人雇っているか、新しく何人雇ったかなどの企業評価制度についても来年度からスタートさせようと進めています。

最初に申し上げたアメリカでは当たり前の風景が日本にいつ存在するか。遠い先ではなく、5年くらいで実現できるシステムを目指していかないと、働く人が減る一方で、取り返しが付かなくなってしまいます。建設業の働き方改革にはなかなか困難がありますが、将来に向けて、理想的な世界の実現を目指して色々な取り組みが動いているのだ、ということを印象に残していただければ幸いです。(完)