【花王】中国での生産を取り巻く環境変化への対応

~工場マネジメント進化の取組み~

上海花王(花王)
副総経理 SCM本部 本部長
顧 靭 氏

「中国における花王の家庭品主力工場」をめざす上海花王

中国には花王グループの研究・生産・販売会社が11社あり、その中で1993年8月、最初に設立されたのが上海花王です。従業員数は312名(2018年12月現在)、主な生産品目は、ファブリック&ホームケア製品、ビューティケア製品、サニタリー製品です。

中国では、政府が将来世界をリードする小売市場の創造に向けた方針や施策を打ち出し、市場環境が大きく変化しています。その大きな変化の1つは、モバイル決済の普及に伴い、製品評価が消費者の間で広く共有されるようになったことです。そのため、厳しい品質管理に加え、スピード感を備えた生産・供給体制も強く求められるようになりました。2つ目は、中国政府・消費者ともに、安全と環境への関心が高まっていることで、2019年7月には上海でもゴミの分別が始まりました。政府が企業に求めるKPI(重要業績評価指標)は、納税額から環境保全へとシフトし、規制も加速しています。当社は、そのような経営環境の大きな変化に対応しながら、環境保全や安全・防災面をリードする『モデル工場』として活動しています。

「強い現場力」を実現するための工場運営

上海花王では強い現場力を実現するため、次の3項目に取り組んでいます。

(1)「働く喜び」提供の取組み
当社のビジョン「働く喜び』のある非凡な現場の実現」には、花王の人財育成へのこだわりを示しています。これは、花王グループの企業理念である、「花王ウェイ」の基本となる価値観「よきモノづくり」をベースに、上海花王独自で設定したものです。技術や知識だけではなく、やりがいや責任感を通して感じる「働く喜び」も働く上で重要だということを、工場の基本となる価値観として浸透させる狙いがありました。

このビジョンの決め手となったのは、日本理化学工業の元会長、大山泰弘氏の著書(※)にある一説です。
-「人間の究極の幸せは次の4つです。人に愛されること人にほめられること人の役に立つこと、そして、人から信頼されること」-
※:大山泰弘(著)、「利他のすすめ~チョーク工場で学んだ幸せに生きる18の知恵」、2011年、WAVE出版

最近はこの概念をさらにブラッシュアップし、「自立」から「自律」する人財へ、また高度な「技」に加えて、きれいな「」を持つ人財育成を進めています。そして、「働く喜び」の提供に向けて、工場全体の活動へと展開しています。「働く喜び」の基本行動として、笑顔で挨拶、ラジオ体操、指差し呼称に取り組んでいます。

従来の教育プログラムは、マネジメント層やスタッフ層向けが中心でしたが、現在はオペレーター層が参加できる「技」と「心」のプログラムを追加し、充実させています。たとえば、現地主導で行う製造部門(オペレーター)の3ステップ教育を実践しています。SN技能道場(OFF-JT)ではデモ機を使用した実践演習の技術教育を行い、改善提案活動やTQCI活動を通じて、発表や受賞機会を多く設定し、「褒める」文化を醸成しています。トップからのフィードバックやマネージャー層からの積極的な声掛けは、意識改革につながり、まじめな雑談を推奨するなどコミュニケーションしやすい環境づくりも行っています。

また、現場オペレーターを褒めるフィードバック活動として、従来は設備別、シフト別、製品別で管理していた生産データを、個人ごとにリンクし(見える化)、個人業績評価に連動させ(定量化評価)、面談時のフィードバックに活用し(上司が「褒める」材料)、ベストプラクティスを朝礼で発表、評価レポートを作成し、提示しています。このような「見える化」「定量化」「褒める化」の機会を増やすことで、一人ひとりのモチベーションが上がり、生産性と品質改善につながっています。

その他、社内旅行、納涼会、忘年会、運動会等をはじめとする福利厚生のための各種活動への全員参加を推奨する取組みも行っています。

(2)環境変化に対応した「PDCAマネジメントサイクル進化」の取組み
PDCAの短縮化や方法についてさまざまな意見が寄せられたことを受け、花王独自の業務プロセスを含めたPDCAマネジメントサイクルの大幅な見直しを行いました。その結果、2つの大きな進化がありました。

1つ目は、通常のPDCAの後に「+a(achievement)」を追加した「PDCA+a」と呼ばれる活動です。工場出荷製品にたびたび類似した消費者指摘案件が再発したことを受けて始まりました。状況改善のために、工場各部門からメンバーが参加する「有効性確認会」という会議体を新たに設けました。この会議の中では、消費者指摘に対する改善策実施後の効果を、3ヶ月ごとに全員で確認しました。そして、全部門からOKがでるまでその課題はクローズできず、担当者は次の3ヶ月間に、新たな改善策を考案・検証しなければならない、という厳しいルールで運用し、効果検証の質を向上させました。
正確な検証基準と徹底した情報共有を行う効果確認のプロセスの追加、すなわち「+a」によって、早期に確実なPDCAを回すことが可能になりました。

2つ目は、通常のPDCAの前に「P(Prepare)+」を追加した「P+PDCA」と呼ばれる活動です。販売が好調で出荷量の増加に伴い設備増設が続く中で、新規導入設備の、より早期の安定稼働が求められるようになりました。当初は、新規設備の導入時には、設備設計から試運転までほとんど技術部担当者だけがProjectに参加する一方、製造部や、品質担当者は生産開始の間際になってようやくProjectに加わるような作業分担でした。しかし、この新しい活動では、製造部、品質担当者も設備設計段階から早々にProjectに参加し、さらに、メーカー試運転にも立会って、不具合情報を設計、設備手直しに反映するようにしました。

従来のPDCAの前に、早期に過去の知見や情報を設計・製作へ反映するプロセスを追加、すなわち「P+」としたことにより、スムーズな新規設備の導入・立上げが可能になりました。

(3)地域社会と共存する「都市型モデル工場」の実現
工場周辺の宅地開発が急激に進行し、環境関連の法規制の強化が続く中で、「都市型モデル工場」への取組みが開始されました。

活動内容は、
①環境保全、安全防災を重視した工場運営
②地域住民、地域社会への積極的な情報公開とコミュニケーション
③環境対応活動の外部評価を率先して実施、の3つです。

そのうち安全・防災面では、設備の対応と安全意識の向上に向けた新しい仕組みと教育の充実化の推進を行っています。また、環境保全活動としては、温室効果ガスCO2の削減、排水量の削減、3R活動(廃棄物削減)、『モデル工場』認証取得活動の推進が挙げられ、2019年に『中国国家グリーン工場』を取得しました。

地域住民、地域社会への積極的な情報公開とコミュニケーションのため、納涼祭や花見を開催し地域住民との交流の機会としたり、工場周辺や海浜の清掃を行ったりしています。また、従来は政府経由だった地域住民とのホットラインを、工場の担当者が24時間直接連絡を受け付け、より迅速に対応できるように変更しました。

活動成果と今後の挑戦

活動の成果として、生産性ではロス率が2006年比で1/5まで、品質面では消費者指摘件数が2005年比で約1/50まで、ともに削減することができました。また、環境保全・安全防災面では5年間連続で無災害を達成。住民満足度も3年連続で改善しています。工場見学者数についても10年間で5倍に増加。『中国国家グリーン工場』『区安全生産標準化モデル工場』の認定を受けるなど、政府や地域社会からの期待も高まっています。

上海花王は、花王家庭品事業を支える主力工場として今後も改善活動を継続し、他の優良企業との社外交流も積極的に行っていきます。また、技術面ではICT関連技術の積極的な活用を推進し、中国発の最新技術の導入や花王グループへの積極的な発信を行うことにより、工場マネジメントの進化に取り組んで参ります。(終)