ロボット・AI が変えるインフラ維持管理

「人の作業」から「人の判断」までAIが支援

国立研究開発法人土木研究所
技術推進本部 上席研究員(先端技術チーム担当)
新田 恭士 氏

7月18日の東5ホールには国立研究開発法人土木研究所技術推進本部上席研究員(先端技術チーム担当)の新田恭士氏が登壇。同氏は、国土交通省で3年間、i-ConstructionのICT施工やロボットのインフラ分野への導入に関する政策を担当。その経験から、新技術導入の難しさと課題について、政策立案の背景を交えながら紹介いただきました。

国土交通省におけるロボット導入検証

国土交通省では、経産省とともにロボットの導入を推進する「5つの重点分野」(維持管理:トンネル・橋梁・水中、災害対応:調査・応急復旧)を策定しました。そしてインフラ点検を効果的・効率的に行い、災害現場の調査や応急復旧を迅速、かつ的確に実施する実用性の高いロボットの開発から導入までの一貫した取組みを支援するため、これらの次世代社会インフラ用ロボットについて2016年度から公募を行いました。数多くの素晴しいロボットを提案いただいたので、その一部を紹介します―レーザースキャナーを積んだUAV (Unmanned Aerial Vehicle:小型無人飛行機)や、油圧ショベルを操縦する搭乗型ロボット、自律走行で地盤の支持力を調査するロボット、被災したトンネル調査ロボットなど―たくさんの応募をいただきました。

これらのロボットを、橋梁点検、トンネル点検、水中点検および災害調査や、応急復旧の現場でフィールド検証・評価を行いました。赤谷地区(奈良県)、雲仙普賢岳(長崎県)、桜島(鹿児島県)などの災害地でも実施しました。
橋梁・トンネルでは、人が行う点検(近接目視や打音検査)に、ロボットによる点検記録の作成支援などの維持管理を効率化するための検証を行いました。災害対応では、土砂崩落や噴火、トンネル崩落など、人が立ち入ることのできない危険箇所での調査支援を行いました。すでに、これらのロボットが土砂崩落や火山災害でも、人が入れない現場への応急復旧などに活躍しています。

国土交通省では、災害対応ロボットのほかに、これまで人に依存してきた維持管理分野への点検ロボットの導入も進めています。今後、橋梁、トンネル、水中構造物の点検にロボットを活用していく予定です。たくさんの技術が評価されており、2018年度もNETISテーマ設定型などにより引き続き公募が行われる予定です。

インフラ点検の未来像と課題

国内には約70万の橋梁があります。国土交通省が管理しているものは、その内の1割にも満たず、そのほとんどを自治体が管理しています。2013年(2014年7月1日施行)に、橋梁・トンネルを5年に1回、定期点検することが義務化されました。
定期点検は現行、次の手順で実施されています。
(1)点検員による近視目視点検、人手による帳票整理
(2)専門家による診断
(3)紙に書かれた記録を道路管理者が管理

近接目視点検とは、点検員が手の届く範囲まで近づき、目視確認、打音まで行うこととされています。また、異常が見つかった場合、軽微(ひび割れ幅は0.1mmまで)なものも含めて写真撮影し、診断技術者によってどのような対策措置が必要かを判断します。仮にロボットが撮影した写真から異常を確認する場合、1橋で1万枚以上撮影するケースもあります。
しかしながら、今後もこの点検方法を5年に1回行っていたのでは、コストも人手も掛かります。また、技能労働者は今後10年間で全体の1/4程度の減少が見込まれ、維持管理する各自治体は人手不足に直面することになります。

そこで、作業を支援するロボット・AIを使った、次のようなインフラ点検の近未来像を描き、環境整備を行っています。
(1)ロボットによる点検:現場でロボットが効率的に点検画像を取得、現地での点検作業(撮影)・スケッチの省力化
(2)AIによるスクリーニング:損傷程度の区分を自動判別するAIを用いてスクリーニング。
    ⇒スクリーニングの自動化技術により、点検作業(チョーキングや計測など)の省力化
(3)点検調書の自動化:点検写真の整理の自動化、3Dモデル上での損傷写真の表示。内業のデータ整理作業まで半自動化
(4)専門家による診断:打音・目視での診断行為の支援。
    ⇒診断前スクリーニングや診断行為後の内業でのデータ整理作業の省力化
(5)点検・診断結果の蓄積:3Dモデル上の正確な位置に写真と診断結果を蓄積。
    ⇒紙によるデータ納品の省略と後利用可能な正確な位置情報の保持

具体的には、AIによる変状検知機能をロボットに組み合わせることで、近接目視が必要な損傷、変状箇所を絞り込むスクリーニングを行い、大幅に業務の効率化を目指しています。また、ドローンが撮影した大量の写真をAIの支援によって整理し、3次元モデルに損傷写真をリンクすることで、技術者による遠隔地からの点検支援も可能となります。

しかし、ロボット点検には課題もあります。現場の作業コストより、写真を判読して点検調書をつくるコストの方が高くなることが判明しています。現在、ドローンで撮った写真のデータを利活用することによる効率化など、さまざまな方法を検討しています。

AIの開発環境の整備

国土交通省ではロボットの導入を推進してきましたが、今後は「人の作業」の支援だけではなく、「人の判断」の支援が、生産性向上のカギであると考えています。そのためには、建設生産プロセス、維持管理、災害対応分野でのAIの社会実装が重要になります。

これを実現するため、土木技術者の正しい判断を蓄積した「教師データ」を公開し、民間企業のAI開発を促進するとともに、技術開発成果を活用できる環境整備に取り組んでいます。
2018年度からPRISM(官民研究開発投資拡大プログラム)が始まりました。その背景には、AI・ビッグデータ等の革新的技術の活用に向けて、膨大なデータ量をはじめとした技術を、小規模自治体等が単独での導入検討は困難かつ非効率であるため、自治体が横断的な新技術として普及・展開を図る必要があるためです。

施策の概要は、次のとおりです。
・革新的技術の導入検討や現場試行・評価、運用の検討への体制支援:革新的技術導入のスタートアップ支援
・広域的・自治体横断的に導入を展開する取り組みへの体制支援:広域的・自治体横断的な導入の展開への支援

インフラ分野へのロボット・AIの早期実装には、現状の制度にとらわれずに目指すべき未来像(利用指針:ユースケース)と、達成すべき要求性能(リクワイアメント)の明確化が必要です。

また、AIの研究開発と導入を促すインキュベーション(孵化)機能として、AIセンター構想(仮称)が必要だと考えています。国等諸機関が学習・認証環境の「AIラボ」と、実運用環境となる「AI点検支援センター」の機能を備えた「AIセンター」を設置し、民間企業の技術開発などを取り入れながら、インフラ管理者に点検AIを提供するという構想です。

土木研究所においても、国土交通省とともにインフラロボット、そしてAIの導入を粘り強く進めていきたいと考えております。新たな技術を育て、豊かな社会を築いていきましょう。(完)