品質を工程で造りこむ「自工程完結」

 次世代の製造工程に向けて

トヨタ自動車株式会社 技監
一般財団法人日本科学技術連盟 理事長
佐々木 眞一 氏

初日となった7月18日の講演に立ったのは、『トヨタの自工程完結』の著者であり、トヨタ自動車株式会社 技監で一般財団法人日本科学技術連盟 理事長の佐々木眞一氏。トヨタ自動車が生み出し、今では数多くの企業で取り入れられている『トヨタ生産方式』。その中において『自工程完結』とは一体どういう理念のもとに生まれたのか、誕生秘話と考え方について講演いただきました。

 本日は耳慣れない言葉だと思いますが、『自工程完結』という考え方の下、トヨタ自動車が次世代の製造工程をどう考えているのか。次世代と言いましても大きく変わる訳ではなく、色々な科学技術の進展や、お客様の要望の高度化、環境・安全に対して製造工程がどう対応していくかということについて述べていきます。

IoTでトヨタ生産方式は不具合ゼロが見えてくる

トヨタ自動車では『トヨタ生産方式』が、すべての考えのベースとなっています。その中に『かんばん方式』と言われる「この部品を使いましたのでこの部品を注文します」という伝言ゲームのようなやり方があります。
IoTを導入することで、このレベルが非常に向上しています。今では『かんばん方式』は電子データとして送受信されています。車1台につき2万点といわれている部品全てに適用されている訳ではありませんが、IoTのさらなる進化により、ビス一本でも情報が伝達される世界が来るのではないでしょうか。

もう一つIoT導入で大事なことは、今まで気が付かなかった原因不明な不具合などが色々なデータで見えることです。大ベテランの検査員はわずかな色の差や音の違いを見分け、不具合を発見、対策をとることができます。そのたぐいまれなる業を、ビッグデータを機械学習することによって、不具合ゼロの世界が見えてくるのではと考えています。

わが社は元々『豊田自動織機』からスタートしました。この会社を始めたのが豊田佐吉です。これまでの自動織機は、糸が切れたりするのを作業員が監視していました。つまり、一台に1人作業者がついていたのです。しかし豊田佐吉は、糸が切れたら機械が自動的に止まるようにして、不良品が出来ないという織機を発明しました。
この考え方は自動車会社を始める時にとても役立ちました。かんばん方式であるジャストインタイム(必要な物を必要な時に必要なだけ作る)という仕組みを支えるために、あえてニンベンの付いた『自働化』という考え方を導入しました。自働化と自動化の違いは、要するに『働く』と『動く』の違いで、『働く』は価値を生み出すが、『動く』はただ動いているだけ。すなわち価値を生み出すというのは「不良品を作らないぞ」、「悪い物を作らないぞ」という強い信念であり、このような考えのもとトヨタ生産方式が始まりました。

豊田英二の『品質は工程で作り込む』というDNA

1960年代はわが社にとって大変辛い時期でした。車がどんどん売れるようになってきて、アメリカでもクラウンを発売しました。ところがフリーウェイに合流する時、上り坂での加速度が足らず時速100kmに満たなかったのです。これでは危ない、と結局1台も売れませんでした。また、ニューコロナというタイヤが4つ付いている以外は、全て新しいチャレンジブルな新型モデルを投入しましたが、色々な不具合が出てしまいました。
このとき、当時副社長だった『トヨタ中興の祖』と呼ばれている豊田英二が、「検査の理念は検査しないこと」と提言しました。要するに、工程で良い物を作って検査では撥ねなくていいようにしろと。そこであらためて『品質は工程で作りこむのだ』『ニンベンのついた自働化をちゃんとやるんだ』ということを確認しました。おかげさまで高度成長期に支えられる形で1980年代のトヨタは品質が良いということで、よく売れました。

そして1980年代には海外生産が拡大していきました。その拡大のひとつとして1992年にイギリスにTMUK(トヨタ モーター マニュファクチャリングUK)という年間30万台ぐらい製造できる工場を立ち上げました。当初は品質も良く皆喜びましたが、半年もすると作業者が休むなど、明らかなモラル低下の現象が起きました。その要因は、TMUKの従業員は自分が不具合を造った自覚がないのにしかられたり、単に毎日2000本ねじを締めるという作業で一日が終わる。いったい自分の仕事は何のためになっているんだと感じていたからです。

そこで行ったことは、仕事の大切さを伝えることでした。「この5本のねじで締まっているのがブレーキで、これがないと車が止まらない、これをしっかりと締めておけば10年、20年もお客様は安全に運転できる。だから大事なんだ、だからこの作業をしっかりしなきゃいけないと。そして、ちゃんとするためには、この手順を守れば良いんだ」と教えました。よくよく考えてみると、『品質は工程で作り込む』というDNAが、機械の高度化、複雑化や、お客様の要求が高度化したことに対応しきれなくなっていたのだと思いました。豊田英二が1960年代にやったことをもう一度やらなければいけないと気がつきました。

作業員一人ひとりが主役となる『自工程完結』

私は、豊田市にある堤工場の品質管理部長(後に製造部長)として帰国し、その時の品質管理の担当者と、品質は工程で作り込めるか色々話をしました。ところがその担当者は、特に水漏れはどの作業が原因で出たのか分からないので難しいと。そこで色々話し合って、じゃあ一回チャレンジしよう、自分の作業領域では絶対に水を漏らさないことに挑戦してみてはどうかということになりました。

水漏れの原因は多岐にわたっており、数えてみたら約800人の作業が関係していて、その一人ひとりに2~3つの水漏れを起こしかねない作業要素が含まれていました。そこで、設計の観点、製造設備の観点、作業要領の観点から、一つひとつの確認を行いました。こういったことを800工程2000作業要素で行い、共労の結果水漏れの対策ができ、みんな自信を持ち始めました。設計が良い、構造が良いから水漏れしない。工程能力の高い設備があるから水漏れしない。自分たちの作業管理がしっかりしているから水漏れしない。この3つの要件を満たせば、検査に頼らない良い工程ができるということです。そして他の品質特性に関しても、作業標準をひたすら守り、それでも上手く行かない場合は何か設備が悪い、作業指示が悪いなどを挙げます。そして見直し、また工程を回す。それでも上手く行かないと図面が悪いのでは、こういったことをぐるぐる回すことによって工程はどんどん良くなります。こうやって不具合ゼロの工程が出来上がり、私たちはこれを『自工程完結』と呼びました。
理不尽な失敗を無くしたい。とにかく正しく作業をすれば成果が出る。そして作業者一人ひとりが主役になって改善を進めることで、自分たちが提案した改善策だからこそきちんと守る、という風に工程改善をすすめていったわけです。

ベースはお客様。お渡しするのは車という物体ではなく、車の所有や使用によって生まれる価値なのです。お客様がこの車によってどういう楽しい経験をするのか。逆を言うと、この車によって、万が一にも不幸な経験をしてもらっては困るわけです。あくまでも大事なのはお客様。お客様は自分の感覚で良い車だ、使って楽しい、あるいは嫌だなとなります。是非お客様第一でこれからも進んでいきたいと思っています。(完)