シリーズ○○を考える02 「幸福度の高い組織」を考える

幸福を考えることの難しさ

幸福は個人にとっても組織にとって究極の目標であり、それらのあり方を考える際によって立つべきものの代表格とも言えるでしょう。それだけに、ヒルティの『幸福論』(1891年)、アランの『幸福論』(1925年)、ラッセルの『幸福論』(1930年)(いわゆる「三大幸福論」)をはじめとして、アリストテレス、スピノザ、ショーペンハウエル、福田恆存といった古今東西の哲人達が、幸福とは何か、それを手に入れるにはどうすべきかといった事柄について論じてきました。

近代になり経済活動の組織化・巨大化が進むと、個人の集合体である組織のありかたや、個人と組織とを繋ぐ相互関係の一つでもある働き方に関しても分析が求められる様になりました。その過程で、ファヨールやフレデリック・テイラーらが、その後の経営学の源流ともなる研究と実践を行いました。これらの研究と実践は、元来個人と組織の幸せな関係や個人の幸福を念頭においたものであったといえるでしょう。しかしその後は毀誉褒貶、それぞれの立場から様々な議論がなされて今日に至っています。

誰もが希求し、多くの先哲達がその本質を追求してきたにもかかわらず、幸福についての議論は今日まさに百家争鳴ともいえる状況です。国連幸福デーの3月20日、今年も「世界幸福度報告書(世界幸福度ランキング)2019」が発表され、54位だった昨年よりもさらに4つ順位を下げて58位となったことが話題となっていますが、寛容さの指標として過去1か月間に慈善団体への寄付の有無が用いられるなど、国際競争⼒ランキング等と同様に価値観が欧米よりという批判や、最近観光地として日本の人気が上昇していることなどから結果に対して違和感を覚えるといった批判もあります。

その様な事態を招く理由としては、幸福は個人の主観に負うところも大きく、極論すれば人の数だけ幸福の有り様もあるとの考え方が一般的なことが挙げられるでしょう。そのような考え方に立てば、分類のフィルターの目を細かくすれば、あまりにバリエーションが大きくなりすぎて、もはや議論の対象とはなりえず、さりとて目を粗くしてしまえば単純化が過ぎて現実を写さなくなってしまうというジレンマに陥ってしまいかねません。

幸福度の高い組織の実現に向けて

近年、改めて幸福に関する研究に関心が集まっています。その背景には経済の高度化や知識集約化に伴い、イノベーション重視の企業経営に関心が寄せられていることや、客観的かつ統計的な立場から、幸福を科学として捉えようという研究手法の進展により、無形で主観的な幸福に対しても科学的アプローチを行うことが出来る様になってきた事が挙げられます。

その代表例の一つが、慶應義塾大学大学院の前野隆司教授による研究といえるでしょう。前野教授は、地位財(金・モノ・地位など他人と比べられる財)による長続きしない幸せと、健康や自由・自主性、良好な環境など非地位材による長続きする幸せがあるとした上で、長続きする幸せを実現する上で重要な因子として、(1)「自己実現と成長」(2)「つながりと感謝」(3)「前向きと楽観」(4)「独立とマイペース」の四つを挙げています。(それぞれには分かりやすくように、やってみよう因子、ありがとう因子、なんとかなる因子、ありのまま因子という名前も付いていています。)前野教授は、これらの4つの因子を高めることにより、非地位材による長続きする幸せを実現することが出来、またこれらを意識しながら改革を進めることによって、社員が幸せになれる組織を生み出せると言います。

これまで、ともすればイノベーションや生産性の向上と幸福感の醸成との間には、負の相関関係があると考えられがちでした。しかし最近では、幸福感を増すことができればイノベーションが3倍になる、あるいは生産性も30%高くなるといった正の相関関係を伺わせる研究成果も、紹介される様になってきています。このような状況の変化を踏まえ、企業においても従来からの「常識」を見直し、「幸福とはなにか」「幸福を実現するにはどうすればよいのか」といった課題に対しも、真正面から取り組むべき時期が訪れたといえるのではないでしょうか。(棗)

2019年度の「会員交流フォーラム」では、慶應義塾大学大学院の前野教授をゲスト講師に迎え「幸福度の高い組織」についてお話を頂く予定です。
ご関心のある方は、是非参加をご検討願えれば幸いです。